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7月7日

7月7日

「薪さんは?」
「もう帰ったよ」

 ここ二、三日暑さが急に増しており、第九の誰もがエアーコンディショナー……つまりは、クーラーの発明と恩恵に感謝を捧げていた初夏のことだった。
 岡部は急ぎの仕事をあげて、数日の己の頑張りを室長に認めて頂くべく、報告に上がろうとしていた。
 時刻は午後九時を既に回り、居残っている者は岡部の他にはこの件を担当している小池だけだった。普段は室長も研究所に居残り、捜査の進捗管理をしている。ほとんどここで生活しているのでは……と疑われるほどである(何せ食堂にシャワールーム、寝るためのソファーまで揃っているのだから)
 
 ここ数日、室長は夜は自宅に帰っていた。
 
 すっかり平常通り、いるものだと思い込んでいた岡部は、慌てて追いかけなくてはいけないはめになってしまった。
 クーラーに泣く泣く別れを告げ、昼間のむっとした空気がまだ残る外へと駆けて行く。


 
 駅へと向かう途中の第九からは然程離れていない公園に、果たして室長はいた。
 良かった、見つかった、と安堵しながらも、なんだか声が掛け辛かった。室長は、公園の入口付近の、チェーンを掛けるポールの上に軽く腰掛け、物思いに耽る様な横顔で中空を見つめている。
 この公園は木が多く植えてあり、住宅街の明かりも届き難い。街灯はまばらにあるだけで、星ばかりが皓々と輝いている。
 星明かりの中、かすかに群青の闇に浮かび上がる室長の姿は、まるで自ら発光している様で、この世のものとは思えないような印象を岡部に与えた。一枚の絵画のような、素晴らしい闇との対比がそこにあった。
 何を見つめているのか知れない虚ろな瞳が、更に現実では無いような浮游感を岡部に与える。睡そうに半分だけ開かれたその瞳は、星の微かな光を湛えており、遠目だからかもしれないが潤んでいるように見えた。

 睫毛がゆっくりとしばたいた。

「岡部か」
 舞台で多くの観客を魅了する俳優の計算され尽くした動きの様に、室長はこちらへ目線を流しながらゆっくりと優雅に首を傾けた。首の動きに連れ、亜麻色の髪が白い首筋を流れる。
 昼間に雨が降ったため、地面からは湿気が立ち上り、シャツが体にまとわりついてくる。特に岡部はここまで慌てて走ってきたので、体中が汗でべとつき気持ちが悪い。
 夜といえども、ただいるだけで汗をかく暑さなのに、岡部の目には室長は汗の一滴も流していないように見えた。
 白磁の肌は、見た目そのまま陶器の冴々とした冷たさを抱えているかのようで、この蒸し暑さからも室長だけは無縁なのかもしれない、などと岡部は思ってしまう。

「何の用だ」
 室長の声で、自分がぼうっとしていた事に気付く。用事を果たさなければ。
「はい、例の事件の捜査結果を見て頂こうと思いまして。お疲れでしたら明日にしましょうか」
「いや、いい。今から第九に戻る」
 ポールにもたせかけた腰を浮かそうとして、不意に室長の細い身体がふらついた。横様に倒れこんできた身体を、岡部は慌てて支える。
「――っ」
「大丈夫ですか」
 自分の胸許で支える格好になり、薄い襟衣を通して室長の体温が伝わってくる。細いとがった肩が伝えるそれは、岡部が思っていたように冷たくはなかった。むしろ、熱い。
「――めまいが、しただけだ」
 この暑さが室長にとって無縁なものなどでは無く、色濃く影響を及ぼしていたことにようやく気付いた。俯きつつ、平静を装いながら発された声は、倦怠を隠し切れてはいなかった。白いうなじはしっとりと汗ばみ、襟足の髪が首筋にはりついている。
 多分、自分が大き過ぎるのだろうが、こうして見下ろしていると室長の華奢さにはっとなる。ほんとうに、この細い身体のなかにどれほどの激情が隠れているのだろう。
 
 どれほどの重荷が圧し掛かっているのだろう。

 自分は、知っている。室長がただ第九のためだけにどれほどの犠牲を強いられているのか。それを部下には知られまいとしているのを。もちろん自分にも。
 だから、室長が大丈夫だ、と言えば自分は知らない振りをする。

「歩けますか」
「ああ」
 口ではそういいながらも、胸にもたせられた重さは軽くならない。
 果たして自分は、今こうして身体を支えるように室長を支えることが出来ているのだろうか。
 今のいままで、このことに気付かなかったように、見落としていることがあるのではないだろうか。
 自分はもしかして、大変なことを見過ごしてたのではないか。
 急にそんな不安に襲われ、冷水を被せられた様にひやりとする。

「――最近早くに帰られてたのは、体調が優れなかったからですか」
 できる限り平静を保ちながら、問い掛ける。



――――――――――――――――
とりあえず思いついたので忘れないうちに途中まで。
ほんとは昨日、完成品で載せたかったんですが(^v^;)

また更新します!
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2月14日

●2月14日●

「おはようございます!」
 青木がドアを開けると同時に、廊下から底冷えする冷気が抜け目なく室内に侵入していった。冬の早朝の突き刺す様な空気から逃れようと、白い息を吐きながら扉をくぐる。すると、机の上にいつもは見慣れない、大小様々な荷物が一抱えほど置かれていた。
「ああ……おはよう青木」
「今井さん、これ何なんです?」
 何気なく荷物の山の中から一つを手にとって、しげしげと眺めてみる。
どうやらこれらは全て宅配物の様で、宛名が書かれている。
「室長薪警視正殿……もしかしてこれ、全部薪さん宛ですか!?」
「そう。毎年困るんだよな……」
 ため息を吐きながら、今井も宅配物の一つを手に取る。
「普通のプレゼントならいいんだけど、室長の場合、それに紛れ込ませた盗聴器とかが結構あるからな~…。あとで全部開封して大検査だよ」
「……」
「全部棄ててもいいんだが、さすがに善意の品まで棄てるわけにはいかないしな……どっちみち薪さんは持って帰らないけど」
 呆気に取られ、何と返していいかわからない青木に、今井は苦笑したように言った。
「ま、恋人達には甘い一日でも、俺らにはいつもと変わらない仕事の一日だ。そうそう青木、薪さんが呼んでたぞ」
 荷物を元に戻し、奥に去りながら意地悪そうに言う今井の言葉に、青木は弾かれた様にハッとした。
「は、早く言って下さいよ~!」


「遅かったな、青木」
「す、すいません……おはようございます薪さん……」
 直ぐに慌てて室長の元に駆け付けたが、ゆったりと脚を組んで椅子に座っている様子を見るとそんなに怒ってはいないようだ。
「昨日言っていた分析は終わったか」
「はい。こちらにまとめてあります。どうぞ」
持参したファイルから報告書を取り出し、室長に手渡す。
「今日はこの画を見て、資料にある事を確かめておいてくれ」
「はい。わかりました」
 資料を受け取り、デスクに向い作業を開始する。


 午後三時を回る頃、大体の分析を終え、眼も疲れたしそろそろ少し休憩してコーヒーでも飲もう……と青木が思っていると、見計らったかのように室長が様子を見に来た。
「青木、終わったか」
 後ろから声をかけられたので、椅子ごと振り返って答える。
「はい、大体は」
 見ると、ちょうど室長も休憩するところだったらしく、手に持つコップから温かい湯気が立っていた。
「報告書を。それを読んだらまた指示をするから、それまで休憩しろ」
 報告書を青木が室長に手渡すと、室長からコップを差し出された。
「え!?ありがとうございます」
 そのコップは、室長が自分で飲むものだと思っていたし、まさか飲み物を自分のために入れて来てくれるとは夢にも思っていなかった青木は面食らった。
 よく見ると、防水キーボードの上にコップがもう一つ置いてあるので、そちらが室長の分なのだろう。
「ついでだ」
 言いながらキーボードの前の椅子に座り、報告書をめくる。
せっかくだし有り難くいただこう、と青木はコップを顔に近付けると、コーヒーだとばかり思っていたものが、優しく甘い香りを湛えている事に気付いた。
「……ココアなんて久し振りに飲みました」
 優しい甘みの温かさが、喉を通り胸に広がっていく。ほっとする……というのは、こういう感覚だろうか……なんて思いつつも、報告書を見る室長の端正な横顔を眺める。
 いつもはコーヒーなのに、どうして今日はココアなんだろうか。
「お前がいつもより疲れている様に見えたからな。甘い物は疲れを和らげる」
 室長が青木をちらりとも見ずに、口に出していないはずの疑問にさらりと答える。
「えっ」
 危うくコップを落としそうになる。
「お前はわかりやすい」
 何でもない事のように、室長は細い指先で更に報告書のページをめくる。
「……」
 恥ずかしくて黙り込んでいるのは、気にしている様で気まずい。朝の事を思い出し、青木は話題に乗せた。
「そういえば薪さん、凄い数のプレゼントが届いてましたね」
「……」
 視線は報告書に向いたまま、返答はない。伏せ気味の長い睫でさえも、彫刻のように静止している。
「学生のころはいくつか貰いましたが、俺なんかほとんど毎年姉と母だけでしたよ」
「……」
 室長はコップを手に取り、傾ける。甘い匂いが広がる。白い喉が動くのを見ながら、緊張し冷や汗をかいているのを青木は感じた。それでもめげずに青木は話し掛ける。
「薪さんはあれだけたくさん貰って、嬉しくないんですか」
「……知らない人や何とも思ってない人に貰っても、嬉しくもなんともない」
人の想いをそんな風に一掃するなんて、と青木は驚いたが、今井が「嫌がらせや脅迫の方が多い」と言っていた事を思い出した。
 貝沼の様な事があったから、よく知らない人からの想いというのは例え好意であっても、室長には受け取り難いものなのだろうか。
 好意でさえも受け取るのに躊躇する……そんな心を思うと、青木はなんだか胸の奥をちくりと刺すものを感じた。
室長の入れてくれたココアはこんなにあたたかいのに、と膝の上で両手に包んだコップをみつめた。
「…………」
「冷めない内に飲め」
「あっ、はい」
 慌ててコップに口をつける。
 脚を組み、膝の上で頬杖をついた格好で青木をじっと見ながら、今度は室長から彼に問掛けた。
「お前は何とも思ってないヤツに貰っても、嬉しいのか?」
 その言葉に青木が目線を上げると、室長と正面から目が合った。
 いつも、本当に何か言いたい事があるときに室長は、じっと相手の目をそらさずに見つめる。
 目で射るとは、正にこの事だな……と青木がはじめて思ったのは、いつの事だっただろうか。
 だから、こういう時は真剣に答えを返す。
「嬉しいです。単純に、自分を認めてくれている人がいるって事ですから」
 整いすぎていて、無機質な鉱物の様な印象を与える室長の瞳を見つめて答える。両の瞳には、しっかりと己が映っている。
「そうか」
 いっそ冷たく見えるほどの美貌が、少し綻んだ様に見えた。
 いきなりの微笑に青木は少し驚き、見とれていた。頬が熱い。
「飲み終わったか?」
 室長に呼び掛けられ、我に帰る。
「あ、は、はい!ご馳走さまでした」
「貸せ」
「あ、俺が洗いますから!」
 慌てて立ち上がって、室長のコップを受け取ろうとしたが、逆にコップを奪われてしまう。
「いい。そんな事より、報告書のチェックしてあるところ、もう一度確認しておけ」
 右手にコップを二つまとめて持ち、左手で青木の胸の辺りに報告書を押し付ける。
「わ、わかりました!」
 室長の左手が離れ、青木は慌てて報告書を落とさない様に押さえた。
 給湯室へと向う細い後ろ姿に、青木は声を掛ける。
「あの、薪さん、ココアどうもありがとうございました。美味しかったです!今度は俺が薪さんに入れますね!」
 立ち止まって室長は聞いていたが、返事も振り返りもせずにドアの向こうへ消えてしまった。髪からのぞく耳がほんのり赤かった様に見えたのは、廊下の冷気にふれたせいだろうか。


 デスクの辺りには、まだ甘い香りが漂っている。深呼吸をし、思いっ切り伸びをする。
「よし、続きもがんばろう!」
 何だか晴れ晴れとした満たされた思いで、再び青木はディスプレイに向い始めた。




―――――――――――――――――――――――――――
ホット・チョコレート

お付き合い下さった方、ありがとうございました!(^∀^)
このSSは、銀と水の花でバレンタインに発行したメルマガに掲載したものを、少々改変いたしました。
当日に、「薪さんが青木にチョコレートを渡すとしたら」という話を思いつきまして…思い切って書いてみたんです(笑)
何しろ、こういう小説を書いたのは初めてだったもので自信はないのですが、少しでも楽しんで貰えたら幸いです♪(^U^)

地の文でも「薪」と呼び捨てにする事なんて、私にはとても出来ないので「室長」呼びにさせて頂きました(笑)

また思い付いたら書いてみたいと、懲りずに思ってます(笑)

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